姑の状況を思いやる

私の友人に、姑の言動にとても悩んでいる女性がいます。彼女の姑は3日と空けず電話をしてきては、息子の嫁である彼女をおしゃべりにつき合わせるそうです。

新しいお店や映画の情報を聞けば一緒に連れて行ってほしいとせがみ、息子の好きな炊き込みご飯を作ったからと言っては突然家にやって来る。

それぐらいなら世話好きのお姑さんという印象で特に珍しいとも思いませんが、彼女を悩ませているのは、全く子離れできていない姑のその依頼心の強さだと言うのです。何かにつけ息子夫婦の予定を知りたがり、夫婦二人のイベントや旅行に必ず自分も同行しようとする・・・そう聞いたときには、私も思わず彼女に同情してしまいました。

しかも夫を通してやんわりと拒絶しても、姑はまるで子供のように激しく落ち込むというのです。姑のことを考えるとノイローゼになりそうだと言っていた彼女の気持ちもわかるような気がします。

よくよく聞いてみると

嫁姑問題画像ただよくよく聞いてみると、そのお姑さんは数年前に夫を亡くし、3人の息子たちも次々に結婚して独立し、今は実家に独りで暮らしているというのです。いくら息子夫婦が近所に住んでいるとはいえ、お姑さんにしてみれば、たった数年の間に家族がバタバタと離れて行ってしまったように感じられたことでしょう。もともと家族仲も良く、特に亡くなった夫とは近所でもオシドリ夫婦と噂されるほどの円満ぶりだったそうですから、その寂しさや空虚感は察するに余りあります。

お姑さんが置かれていたそんな状況を思えば、友人を辟易させた過剰な干渉ぶりも説明がつくような気がします。恐らくそのお姑さんはとても寂しい思いをしており、息子夫婦と親密に接することで家族の繋がりを持ちたいと切望していたのでしょう。

自分の子供は息子ばかりだったので、嫁である友人のことを実の娘のように思い、友人にもそれを期待したのかもしれません。

相手を思いやるということは

嫁姑問題画像私がその友人を素晴らしいと思うのは、「信じられない」「もうイヤだ」と姑を批判しながらも、嫁姑としての近しい関係を続けているところです。

彼女のさっぱりした性格に負うところも大きいようですが、何よりも彼女のなかに姑を思いやる気持ちがあるからだと私は思っています。

姑の過干渉ぶりに閉口しながらも、それが独りぼっちになってしまった姑の不安や寂しさの表れだと理解しているからこそ、彼女なりに許せる範囲で受け止めているのでしょう。

相手を思いやるということは、相手の置かれている状況に目を向け、そこから相手の気持ちを理解しようと努力することではないでしょうか。人付き合いにおけるこの基本的な思いやりの気持ちを、私たち嫁は姑に対しても発揮すべきだと思います。

友人の例のように理解しがたい言動であればあるほど、そこには姑なりの事情があるのかもしれません。姑の状況を思いやる優しさは、自然と姑に対して歩み寄る努力につながるでしょう。姑とのあいだに問題が起こったときほど、私もこの思いやりの気持ちを忘れないでいたいと思っています。