完璧主義をやめてみる

嫁姑問題画像嫁として夫の家族からの評価は気になるものです。出来れば失敗や欠点は知られたくないとも思います。私も舅や姑から良く思われたいという願望を常に心の底に抱いていました。

それじたいは悪いことではないと思うのです。相手に好かれたい、認められたいと努力しているからこそ生まれる感情だともいえます。ただその気持ちに支配されすぎると、どこか無理が生じて辛くなるものです。

事実、私などは夫の実家で丸一日過ごすと、帰る頃にはすっかり疲れ果てていたものです。でもそれは仕方のないことだと思っていました。舅や姑に気を遣わないでいられる自分など想像できませんでした。

夫の実家で急に気分が悪くなった時のこと

あるとき、夫の実家で急に気分が悪くなったことがありました。風邪のような症状をしばらく我慢しましたが、結局は横にならずにはいられないほど体調が悪化しました。来客用の布団が用意され、姑が薬を買いに走り、食事の代わりに口当たりの良い果物が用意されるなど、舅まで借り出されての大騒ぎとなりました。

もちろんその日の予定はすべてキャンセルです。私はといえば、こんなことになって申し訳ないと思いながらも、横になって苦しんでいることしかできませんでした。

数日後・・・

嫁姑問題画像数日後、夫の実家へお礼の電話をかけたときのことです。たまたま電話口に出た舅に感謝の気持ちを伝えると「お互いさまですから」と言った後に意外な言葉が続きました。「あまり気を遣っているともちませんよ。この先まだまだ長いのですから」と言うのです。

言われた瞬間、普段から嫁としてこうあるべきだと頑張り過ぎていた自分を舅に見透かされていた気がして、とても恥ずかしい気持ちになりました。同時に、いつもマイペースで余計なことは一切言わない舅が、私に対して「もっと肩の力を抜くように」とアドバイスしてくれたのだと直感し、とても感激したことを覚えています。

最近では舅の言葉をさらに良いほうに解釈して、あれは「もう家族なのですから無理は止しましょう」と言われたのだと思っています。あのとき、寝込んだ私を世話する姑はとても優しくイキイキとしていました。姑が世話好きな性格であることに、本当は私も随分前から気がついていたのです。

それなのに、どうしても甘えることが出来ませんでした。自分が良く思われたいがために、肩に力が入りすぎていたのだと思います。そんな接し方に私が疲れていたように、姑もきっと疲れていたことでしょう。

夫の実家では相変わらず姑を手伝い、舅に気を遣わずにはいられません。ただこれまでと違うのは、その行為が自分の獲得したい評価のためではなくなったことです。姑の前で夫が私の失敗談をうっかり口にしたときなど、以前なら大いに青ざめていたものです。

姑のほうが必死にフォローしたりして、随分気を遣わせていたようです。今では、自分の失敗談を私が笑うので姑も一緒になって笑っています。本来完璧ではないのですから、その完璧主義をやめてみる、たったそれだけのことですが随分と気持ちが楽になりました。もう家族なのだから、もっと相手を信頼して力を抜いて接すればいいのだと、やっと思い始めています。